読書逍遥第220回 『オランダ紀行』(その9) 街道をゆく35 司馬遼太郎著
『オランダ紀行』(その9) 街道をゆく35 司馬遼太郎著
国民性の比較など
オランダから南の隣国ベルギーに入る
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ヨーロッパ人にとって、常に隣国は目障りで滑稽であるらしい。
だから、一口噺が多い。
「ある時、ベルギーの酒場に2人のオランダ人がやってきて、やがて喧嘩をし始めました。店の主人が割って入りわけを聞くと、支払いのことだと言う。どちらが金を払うかと言うことで揉めているという。
じゃ、私が仲裁しましょう、と主人が言って、水を満たしたバケツを2つ持ってきて、″顔をつけなさい。早く顔上げた方が支払うんです″ということにしました。
オランダ人たちは従いました。
「そのあとどうなったのか」と聞くと、「二人とも死にました」とさ。
→オランダ人がケチであることを話題にした笑い話
もうひとつ。
世界で一番薄い本が二つあるんです。
一つはドイツ人のユーモアの本で、
もう一つはベルギーの歴史の本です。
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地域名としてのネーデルランド(ネザーランド Netherlands)は、オランダ、王国、ベルギー王国、それにルクセンブルグ大公国の3カ国を指すのである。それぞれの頭文字をとって”ベネルックス”という。
ベネルックスの三国は共通して、地面の大半が海面より低く、湿地帯も多い。
ベルギーの西部は、フランス北西端部を含めて、フランドルFladre(フランダースFranders)ともよばれる。懐かしい呼び方である。
美術史における”フランドル美術”(14世紀から17世紀)、音楽史上の”フランドル学派”(15世紀から16世紀)の重要さはいうまでもない。
ベルギー美術、ベルギー楽派と呼ばれることがないのは、地域も入っているとはいえ、フランドルが芸術的に栄えた時代には、ベルギー王国は成立していなかったのである。まことに一口噺がいうように、ベルギーの歴史の本は薄い。
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ゼーラント州(Zeeland)
ベルギーアントワープからオランダ国境を越えて、ゼーラント州に戻る。
Zeeは英語のsea、かつてこのあたりは海だった。
地図を見ると、ビスケットを割ったように巨大な干拓地(ポルダー)が河港や海に浮かび、干拓地と干拓地の間を大きな堤防が結び、その堤防上を高速道路が走っている。
まことに世界は神がつくり給うたが、オランダだけはオランダ人がつくったということが、よくわかる。
人間の偉大さを知りたければ、オランダに来るべきだと思ったりした。
ベルギーの田園もうつくしいが、とてもオランダにはかなわない。牧草地には舐めてとったように雑草がなく、点在する林も名画として描かれることを待っているようによく整っている。
ゼーラントは、日本史のむすびついている。幕末、幕府がオランダに注文した咸臨丸の誕生地なのである。
ちなみに、日本ではオランダというが、16世紀に日本にやってきたポルトガル人宣教師が、ポルトガル語の<Holanda>を日本に伝えたことが由来である。
2020年にオランダ政府は「Holland」という通称を今後国名として使わず、「the Netherlands」で統一することを正式に発表した。
また、ニュージーランドの国名は、「新しいゼーラント州」という意味である。