松村呉春筆鳥追賛、楠亭・素絢画幅
冨田鋼一郎
有秋小春
気心を知る師弟による心温まる合作。
不二ひとつうずみ残して若葉哉 蕪村
富士山だけを埋めのこして若葉が地表を覆い尽くす。新緑の大地の壮大な遠望。若葉の勢いと富士の霊威との均衡。
窓を開けると、初夏の風に乗って軽く柔らかな若葉の香りが漂って来る。心浮き立つ季節到来だ。
思いっきり深呼吸!スクスクと伸びてゆく木々の生命力。実に力強い句だ。
薫風、青嵐、、。季語の伝統も大事にしたい。
と同時に、この5月になると決まって持病カリエスが悪化して苦しんでいた子規を思い出す。
こんな良い季節なのに本当に気の毒なことだったと思う。
この画の構図が面白い。
下部に稜線だけで無二の霊峰不二山。山肌の皺や麓を描きこまず想像に委ねる。
この俳画の成り立ちは次のようだろう。呉春がわざと上部を開けた絵を描き、
呉春「先生、賛をお願いします」
蕪村「どれどれ」
おもむろに筆を手にして、自慢の句を画面上部に認める。弟子が期待した通りの句だった。
なぜ富士山を画面のトップでなく、師匠の句を上にして欲しかったのか。
敬愛する師匠に下方に揮毫を頼むのは失礼だと思ったのだろう。
この俳画の完成には、ものの5分もかからなかっただろう。
しかし、雄渾な不二山とともに(あるいはそれよりもっと)気高く聳える蕪村芸術を表現することになった。
句「不二ひとつ」は、永遠に人びとの心に残る句だ。