「半日の閑(はんじつのかん)」談義
冨田鋼一郎
有秋小春
「個人」という言葉は、明治期に英語の「インディビジュアル」を訳したとされる。この英語の語源はラテン語で、「分割不能な」という意味を持つ。言葉がたどった道程を知ると、個人とは分けることができない、独立した存在なのだと改めて感じる
個人の概念から生まれた個人主義について、苦労の末に探し当てた大切な思考だと語ったのは夏目漱石だ。1914年の「私の個人主義」と題した講演で、それは自分勝手ではなく、国家とも対立しないと若者たちに説いた
それから30年余りを経て、戦後の日本は国家ではなく、個人の尊重を掲げて再出発した。憲法には、13条と24条2項の2カ所で「個人」の概念が明記されている。わがままでも利己主義でもない、一人一人が独立した個人である。
特に「すべて国民は、個人として尊重される」とする13条の前段は、簡潔で力強く響く。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については」と続く後段は幸福追求権と呼ばれる
近年、13条を根拠とする裁判所の憲法判断が注目を集めている。先月も東京地裁が、病院で別の新生児と取り違えられた男性の訴訟で13条から導かれる法的利益を認めた。昨年末には、同性婚訴訟で福岡高裁が幸福追求権を含めて「違憲」とした。
漱石は、自分と他者の両方を尊重し、自由を認める考えこそが個人主義なのだと述べた。個人の尊重とは、他者の人権を保障することであり、互いを否定し合うふものではない。きょうは憲法記念日。