日々思うこと

天声人語 2025.05.03

冨田鋼一郎

「個人」という言葉は、明治期に英語の「インディビジュアル」を訳したとされる。この英語の語源はラテン語で、「分割不能な」という意味を持つ。言葉がたどった道程を知ると、個人とは分けることができない、独立した存在なのだと改めて感じる

個人の概念から生まれた個人主義について、苦労の末に探し当てた大切な思考だと語ったのは夏目漱石だ。1914年の「私の個人主義」と題した講演で、それは自分勝手ではなく、国家とも対立しないと若者たちに説いた

それから30年余りを経て、戦後の日本は国家ではなく、個人の尊重を掲げて再出発した。憲法には、13条と24条2項の2カ所で「個人」の概念が明記されている。わがままでも利己主義でもない、一人一人が独立した個人である。

特に「すべて国民は、個人として尊重される」とする13条の前段は、簡潔で力強く響く。「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については」と続く後段は幸福追求権と呼ばれる

近年、13条を根拠とする裁判所の憲法判断が注目を集めている。先月も東京地裁が、病院で別の新生児と取り違えられた男性の訴訟で13条から導かれる法的利益を認めた。昨年末には、同性婚訴訟で福岡高裁が幸福追求権を含めて「違憲」とした。

漱石は、自分と他者の両方を尊重し、自由を認める考えこそが個人主義なのだと述べた。個人の尊重とは、他者の人権を保障することであり、互いを否定し合うふものではない。きょうは憲法記念日。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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