読書逍遥

読書逍遥第653回『書と文字は面白い』(その8) 石川九楊著

冨田鋼一郎

『書と文字は面白い』(その8) 石川九楊著

ワードで文字を打ち込む
適宜、フォントの選択をする
標準は明朝体である

「言葉と文字の形象の集合体」
 〜文字の本質について

[明朝体]

われわれは一つの文書を二通りに扱うことができる。もちろん言葉として、そして文字形象の集合として。

言葉にとっては文字の形象は存在しないのが望ましいのに、形象なしでは言葉は現出しないという矛盾は、文字の原罪的災厄だ。尼介なことに、文字形象が図形でもあるかのごとくにふるまうことさえある。

夢中で本を読み耽っている時や、新聞記事を熱心に追っているときは、文字形象など気にもとまらない。これはきわめて健康な状態。タイポグラフィ(文字デザイン)が盛んで、宇形に神経質な現在は、言葉と文字にとって不幸な時代なのかもしれない。文字はいつも自己否定的にひっそりと存在したがっているのに。

言葉の存在感だけを残し、形象的存在感を限りなく削ぎ落とした形状が、おそらく理想的な文字形象だろう。その理想は現在、明朝体に仮託されている。

明朝体は形象上、いくつかの目立つ特徴をもっている。いくつかの鮮明な形象的特徴を備えることによって、ふだん、形が気にもとまらないという逆説は興味深い。

明朝体の抽象的幾何的図形性は、現代語の抽象性の肉化。水平・垂直の造形原理は世界の造形原理でもある。縦横画の肥瘦(ひそう)差!太い縦画は世界の重力を受けとめて成立する言葉の喩形象(ゆけいしょう)。

セリフ(起筆・終筆の形状、別名うろこ)の残存は、言葉がアクセントや強弱をもち、のっぺりした線や図形のようには存在していないことを証す。

明朝体は、現在も未来も印刷字体の中心に位置する選ばれた書体だ。

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ABOUT ME
冨田鋼一郎
冨田鋼一郎
文芸・文化・教育研究家
日本の金融機関勤務後、10年間「学ぶこと、働くこと、生きること」についての講義で大学の教壇に立つ。

各地で「社会と自分」に関するテーマやライフワークの「夏目漱石」「俳諧」「渡辺崋山」などの講演活動を行う。

著書
『偉大なる美しい誤解 漱石に学ぶ生き方のヒント』(郁朋社2018)
『蕪村と崋山 小春に遊ぶ蝶たち』(郁朋社2019)
『四明から蕪村へ』(郁朋社2021)
『論考】蕪村・月居 師弟合作「紫陽花図」について』(Kindle)
『花影東に〜蕪村絵画「渡月橋図」の謎に迫る』(Kindle)
『真の大丈夫 私にとっての漱石さん』(Kindle)
『渡辺崋山 淡彩紀行『目黒詣』』(Kindle)
『夢ハ何々(なぞなぞ)』(Kindle)
『新説 「蕪」とはなにか』(Kindle)
『漱石さんの見る21世紀』(Kindle)
『徹底鑑賞『吾輩は猫である』』(Kindle)
『漱石さんにみる良い師、良い友とは』(Kindle)
『漱石さん詞華集(アンソロジー)』(Kindle)
『曳馬野(ひくまの)の萩』(Kindle)
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